見出し画像

罪悪感という悪魔の退治の仕方

人の行動を抑制する要素の一つに「罪悪感」というものがあります。

これは自分が思っている以上に深い問題である場合が多く、この罪悪感について考え改めることができれば、一気に前に進めたりするんですね。

なぜなら、罪悪感というのは今まで生きてきた環境の中で、主に他人によって植えつけられてきた価値観や常識の1つでしかないからです。

罪悪感

罪悪感とは、罪を犯した、悪いことをした、と思う気持ちのことである。

自身の行動・指向・在り様などに関して、罪がある、あるいは悪いことをした、している、と感じる嫌悪の感情のことである。 

自身の何らかの行いについて、内在する規範意識(正しいと認識されるルール)に反していると感じる所から罪悪感は生まれる。 

規範意識には、人間としての在りようを示した人道という極大な枠が存在するが、これは汎社会的で文化の別なく適用できる概念である。

しかし道徳では、その人の属する社会などによって違いも見られ、属する社会が違えば「罪」として認識される範疇も異なってくる。

Wikipedia


罪悪感の正体のほとんどは、思い込みや自分の人生に関係の無い人からのありがた迷惑な指摘によってできあがったものだったりするわけですね。

なので、スピリチュアルな話ではなく「それをやっても良い」という許可を自分に出せば問題無いということ。

もちろん、何をしても良いというわけではなく、法を犯すことや誰かの身体を傷つけたりするのは論外ですし、むしろ罪悪感が無くてもダメなことは言うまでもなく。


ビジネスやマーケティングでよく言われるのは、「お金稼ぐこと」や「セールス(売り込み)」に関する罪悪感、あるいは仕事を休むことやタスクを残して遊ぶことの罪悪感などがありますね。

根詰めて疲れているなら仕事を休めば生産性は上がるし、気晴らしに遊べば思わぬアイデアが得られたり出会いがあったりするんですが。

でも、なぜか罪悪感が邪魔をしてそれができない。


で、罪悪感が払拭できなかったり、「やはりこれは悪いことだ」と思って行動に移せないのは罪悪感という悪魔の正体を突き止めていないから、あるいは見て見ぬ振りをしているからなんですね。

ということで、今回はその悪魔の退治の仕方を具体例を出しながら。

罪と悪

例えば、冒頭でも話したセールスに関する罪悪感は何か?という話なんですが、まずは掘り下げ方、つまり悪魔の見つけ方から。

基本的には2つに分けて考えるんですね。

・なぜ罪だと思うのか?
・なぜ悪だと思うのか?

罪悪感とは言うものの、「罪」と「悪」は基本的には違うものだからです。

なので、まずは罪と悪を分けて、「それぞれにおいてどうなのか」考えるということをしてみてください。

罪の相手は誰か?

まず、「罪」なんですが、僕らは罪という言葉から「犯罪」をイメージしがちで、要は「法を犯す」とか「倫理に反する」とか「道徳的にアウト」といったイメージを持ちがちです。

なので、「絶対に罪を犯してはいけないんだ」と思ってしまうのも当然で。

ところが、これはけっこうどこでも書かれてあるんですが、罪というのはどちらかというと宗教的観念が元になっているんですね。

つまり、偉い人やお世話になった人へ

・恩を仇で返す
・感謝を忘れる
・不義理をする
・裏切る
・教えに背く


といったように、“相手ありき”で発生するものが「罪」であって、「自分の心に手を当てて聴いてみる」というにはまた違うということです。

初期において、罪は悪と比べてライトなものであると。

例えば、セールスの場合は相手は「お客さん」なので、どうしても「お金を払ってくれる上の人」と無意識に思いがちになり、そんな人に「嫌がられるのでは」とか「迷惑がかかるのでは」という罪の意識を感じるんですね。

ただ、そもそも初めて買ってもらうお客さんとは、それまでに何の関係性も無いどころか、

・恩を仇で返す → 恩を売っていない
・感謝を忘れる → 感謝していない
・不義理をする → 関係性は無い
・裏切る → 期待されていない
・教えに背く → 何も教えられていない

という状態なので、何も罪の意識を感じる必要は無いんですね。

関係性が無いということは相手がいないのと同じなので、何かをする前にそもそも罪の意識を感じる必要が無いということです。

事前にSNSで深く繋がっているとか、実際に会ったことがあって親しいとか、何かしらの関係性ができている状態で感謝を忘れることや教えに背くことは罪だと感じるかもしれません。

ただ、それも実際に行動してみなくてはわからない場合がほとんどなので、相手のアクションが見えるまで、それが本当に罪なのかどうかはわからないんですよ。

にもかかわらず、行動を起こす前にモヤモヤしているのだとしたらそれは「悪」の意識ですね。

悪魔の囁き

正義という概念が人によって違うように、人それぞれの正義が存在するように、悪という概念も、文化や宗教どころか人によって異なります。

情報商材を売る人は悪だと言う人もいるし、政治家は悪だと言う人もいるし、韓国は悪だと言う人もいるし、アメリカは悪だという人もいるわけですが、その逆ももちろんいるわけでして。

といったように、悪というのは相手どうこうではなく、自分の中で譲れない「これはアウト」という基準である場合がほとんどだということです。

セールスの話でいくと、「こんなショボい商品を売って良いのか?」という意識、つまり「このレベルの商品を売ることは悪」という意識が行動を止めていると。

リピーターのお客さんに売るのであれば、すでに相手がいるので「相手をガッカリさせたらどうしよう」と罪の意識を感じてセールスできないことはありますし、ある意味その反応は誠実であると言えます。

が、相手がいない、関係性が成立していない状態においては自分の中の「悪(魔)」と戦っている状態であり、その悪魔を倒すには自信を持って勧められる商品を作るしかないんですね。

つまり「とりあえずこの(ショボい)レベルで売っちゃえ」という、自分の中に棲む悪魔の囁きに負けないようにすると。

とはいえ、最初から100%の商品なんて作れないので、「今提供できる精一杯の商品はこれだけど、お客さんの反応を見て全力で改善する」という気概も必要ではあります。

それこそ「お客さんを満足させられなかった」という罪の意識は必要ですし、その罪の意識がより良い商品企画・開発に繋がっていくわけですから。

フロントエンドとバックエンドの概念なんてまさにそのためにあります。

全力のフロント(お試し)商品を手にしてもらって、そのフィードバックをもらってバックエンド商品を作り上げるということですからね。

会社や家族に対する罪悪感

ちなみに、会社やプライベートの悩みも「罪」と「悪」をごっちゃにして消耗してしまうパターンはよくあります。

この罪悪感ネタをRTしてくれたなっちゃんの参考になれば。

関係性が著しく悪い(信用信頼が崩壊した状態、どちらかが依存してたり取り繕っている状態)のは関係性が無いのと同じであり、その相手や組織に対して罪の意識を感じる必要は無いんですよね。

仮にそれなりの関係性があったとしても、罪の意識を感じるのであれば、やはりそれ以上に大事な関係である家族のこと。

あくまで一般的な優先順位としての話ですが。

それよりも自分の中の悪の基準、「これをするのは自分の中でアウト」にこだわるのであればがんばれば良いと思うんですが、特にこだわりが無いのであれば、罪の意識はサクッと断ち切った方が良いですね。

下手な罪の意識はただの自意識過剰や過信なので、自分も消耗しますし、あらゆるもの巻き込んでをダメにしてしまうので。


あなたの感じている罪悪感、それは「罪」に比重がありますか?

それとも「悪」でしょうか?

罪悪感という言葉や感情に惑わされず、罪と悪、相手と自分、大事な相手とそうではない相手など、一度分離して考えてみてください。

意外とすんなり前に進めるかもしれません。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートはプレゼント企画でガンガン還元していくので、https://twitter.com/FACTDEAL でチェックしておいてくださいね!

ありがとうございます!Twitterでも絡んでくださいね♪
13

ハットリシンヤ

マーケティングコンサルタントです。メインブログ👉https://change-consul.factdeal.co.jp/
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。