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アンチの生き方

SNSなどで日々情報発信していると、どんなに他者に配慮した投稿をしていても、批判やアンチコメントは必ず発生してきます。

アクセスや反応が増えれば増えるほど、それに比例して増えていきます。

ストレス解消や、憎悪、嫉妬、同族嫌悪、精神的な病、ヒマつぶしなど、人によってその目的はさまざまだと思いますし、もっと深く真面目に言うと、下記のような理由や目的もあったりするんですね。

自己肯定の補強

他人を攻撃することで自分の優位性や正当性を確認し、自己評価を保とうとする。「自分は正しい」という感覚を確かめることで安心感を得ようとしている。

コミュニティの形成

アンチ活動を通じて共通の敵や対象に対する批判的な仲間意識を築こうとする。共通の話題で結束し、社会的なつながりを得る目的。

自己存在の主張

人々の関心を引きたい、注目されたいという欲求からアンチ活動を行うケース。特に、対立的な意見が反響を呼ぶことで自分の存在感を感じ、満足感を得られる。

価値観の押し付け

自分の価値観や正義が絶対だと思い、それと異なる価値観を認めない。相手を攻撃することで「正しい道を示している」と感じている。

代償行動

実生活で解消できない不満や失望を、SNS上などでのアンチ活動に代償行動としてぶつける。特に、実生活での状況を変えられないと感じる人が、自分の影響力が及ぶ場所で意見を強く主張することで、自分の存在価値や力を感じようとする。

…といったように、アンチ活動には、深層心理的なニーズや不安が隠れていることも多く、その人が本当に求めているのは注目や理解、自己肯定だったりするんですね。

どうでしょう。

こうやって見てみると、彼らも必死に生きているんだなということがわかって、何だか愛おしくなったりしませんか(そうはならんか)。

というのは軽く冗談ですが、情報発信している人は、実はそういった人たちの救いにもなっているとも言えるんですね。

もちろん、救うことができるのは、最も薄い表層部分であって、深い部分を救うことは不可能ですが、影響力のある発信者には、そういった役割、使命もあるということですね。

こういうことを言うと、「上から目線で言いやがって」と言う人が出てくるんですが、そう言わすのも救いの一つということで。

で、ここで考えていきたいのが、「今後、彼らの人生がどうなっていくのか」ということと、僕らにできることは何なのかということです。

彼らの最悪の結末というのは、容易に想像できる通り、どんどんエスカレートし、批判と誹謗中傷のラインがわからなくなってしまい、訴えられ、リアルの人生が詰んでしまうというパターンですね。

それだけならまだ良いんですが、最悪の場合、発信者が自殺し、物理的にも精神的にも、一生の十字架を背負ってしまうというパターン。

そうならないための彼らの活動というのは、たった一つしかなくて。


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